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石谷貴之バリスタに聞く「World Barista Championship」で戦うことの意義【WBCインタビュー】

2023年の「ジャパンバリスタチャンピオンシップ(JBC)」にて、自身3度目の日本チャンピオンに輝いた石谷貴之バリスタ。2024年5月に韓国で開催された「ワールドバリスタチャンピオンシップ(WBC)」に日本代表として出場し、世界の実力者揃いのバリスタの中で、自己最高位となる第3位を獲得しました。

石谷さん自身にとっては、2018年、2022年以来3度目の世界挑戦となった今大会。これまで以上に得られたものの多い大会になったと、石谷さんは語っています。試合を終えて約2週間ほどが経ったこの日、じっくり振り返っていただきました。




参加者の努力で作られた「WBC」の雰囲気

──まずは、WBC(ワールドバリスタチャンピオンシップ)での3位入賞、おめでとうございます。率直な気持ちをお聞かせください。

石谷:ありがとうございます。成績としては3位なので、正直そこは悔しい思いがあります。ただ、競技の内容やこれまで取り組んできたことに関しては満足しています。できることは滞りなくできましたし、順位についても気持ちのモヤモヤなどはまったくなく、とても納得いく大会でした。

──これまで出場された2回との違いはありましたか?

石谷:もしかしたら、3回目なので周りがしっかり見えるようになったからかもしれませんが、とても雰囲気がよく、他の選手たちも口を揃えて「今回はすごくいい大会だった!」と言っていました。みなさんが大会を良くしようという思いで運営されていたことは間違いありません。

──大会の動画などをみても、観客の盛り上がりやフレンドリーな雰囲気はすごく伝わってきました。

石谷:本当に今回は一体感のある大会で、選手だけじゃなく観客もジャッジも運営も4日間すごく楽しんでいて、いい大会だったと思います。

──ファイナリストには、アジア、オセアニア、ヨーロッパさまざまな国のバリスタが残っていましたね。


石谷:ファイナリストに限らず、予選ラウンドの段階からみんなでコミュニケーションを取ろう、というような雰囲気でした。世界大会はそこが一番楽しいというか、いろいろな方と知り合えるということは、大会に出場する意味のひとつでもあると思っています。

バリスタが表現したいものを自由に作れる時代

──2023年9月のJBC優勝後のインタビューから約半年が経ちました。この間、今大会に向けてどんな準備をされてきたんでしょうか?

石谷:開催時期が5月ということで、ニュークロップが間に合うか間に合わないかという微妙なタイミングで、使えるコーヒーが直前まで読めない状況だったんです。

生産者とやりとりしたり、(今回のチームの一員である)スイスのMAMEに協力してもらってコンタクトしてもらったりもしましたね。大会のタイミングでどういうコーヒーが使えるかを見極めることは一番神経を使ったところです。あとは、プレゼンテーションをどういうかたちにするかを半年間ずっと考えていました。

──結果的に、大会で使われた豆はJBCの時と同じ農園・品種でした。

石谷:はい、ニュークロップでその農園にするか、他の農園にするかというところを、3月くらいにカッピングして決めていきました。JBCと同じ農園にしたのは、自分の出したい味や、自分が今好きなコーヒーを使いたいということです。

他の農園のコーヒーもよかったんですけど、日本大会の時から飲んでいて、自分のプレゼンテーションをしっかり伝えるためには、この2つが一番いいかなと思って選びましたね。

──プレゼンテーションのテーマ自体も、JBCと同じでしたよね。

石谷:「理想が現実になった時が一番幸せな瞬間だ」というテーマ自体は変えていません。バリスタの職業的な部分だけではなく、どんなドリンクを作ることが理想かということ。その理想が、自分で意図的に作れるようになったということを「インテンショナル・クラフト」という言い方をしていて、いまこの時代はバリスタにとってすごく楽しい、ということを伝えたかったんです。

──一貫したテーマで挑んだ、ということですね。では、ひとつずつ振り返ってみたいと思うのですが、まずはエスプレッソについて。

石谷:エスプレッソは、パナマのフィンカデボラのゲイシャ16gと、コロンビアのフィンカミランのカトゥーラ2gをブレンドして作りました。ストーンフルーツやトロピカルフルーツなどのフレーバーが感じられます。目指したのは「フレーバーとタクタイルのパーフェクトなバランスを作る」ということです。


──次がミルクビバレッジ。ライスミルクとラクトースフリーミルクを積極的に用いられていました。

石谷:2022年から大会で植物性の牛乳が使えるようになったので、一度試してみようということでライスミルクを試していました。実際、今回のドリンクはライスミルクもラクトース(乳糖)フリーも相性が良かったので、大会でも使おうと考えました。といっても、最初から使おうと決めていたわけではなく、これも検証しながら、意図的に味を作る、というところを表現しています。


──米由来のミルクや無乳糖ということだけを聞くと、環境問題とか健康に対する配慮とか、社会的なテーマを意識されていたのかなと思ってしまいました。

石谷:いえ、その話をしてしまうとプレゼンテーションが崩れてしまうんです。あくまで味を追求する中で、自分の手で最高のドリンクを作ろうとした結果のセレクトでした。

──最後は、シグネチャードリンクでした。

石谷:こちらは、使用したゲイシャとカトゥーラをシナジーさせるのが理想でした。カクテルの「ネグローニ」からのインスピレーションで、ドリンクを作ったというかたちです。


──実際に提供した時のジャッジの方々の反応はいかがでしたか?

石谷:ジャッジはあくまで公平に選手のことを見ないといけないわけですが、冒頭でもお話しした通りジャッジもファーストラウンドからすごくいい雰囲気を作ってくれていました。なので、印象としてはすごくやりやすかったですね。

「WBC」のドリンクや素材がトレンドを作る

──3度の世界大会を経験された中で、特に今大会でバリスタという職業への視線、価値についてはどう感じられましたか?

石谷:前回の大会くらいから、やはりプレゼンテーションにみんなフォーカスしていて、ルールも変わったということは大きいですね。点数の付け方も変わりました。

それ以前は、いいコーヒーの説明をするような大会になりかけていました。それがよりバリスタのプレゼンテーションだったり、ジャッジにどういう体験をしてほしいか、というところにフォーカスされてきている気がします。やりがいもすごくあって、ルールも年々変わるので、アップデートして毎年よくなっているという実感はあります。

ルールが変わると、それがどういう意図があってそうしているのか、ということを理解して臨むのが大事です。植物性ミルクの話が一番わかりやすいと思うのですが、使わなくてもいいけれど、使ってチャレンジすることに意味があって。おいしかったら使うべきだし、おいしくなければ使わなくていいだけですから。


大会以外のマーケットでも、お客さまが求めるものも多くなっていますよね。お店としてよければ使うし、よくなければ使わない。ミルクだけじゃなくていろいろなところでも、競技会の中にそれは散りばめられているのかなと思いますし、業界全体を良くしようという雰囲気になっているのかなとは思いますね。

新しい抽出方法や品種、プロセスとかが出てくると、大会で使ったものが1年後くらいに現場にも取り入れられて、一般消費者に届くような時代になっていますから。

「WBC」を通して日本のバリスタ、世界のバリスタを知る

──今大会、日本チームは石谷さんを中心として本当に素晴らしいチームになっていたと思います。

石谷:みんなが僕のわがままを聞いてくれて、それぞれ仕事がある中で休みの時間を使ったりして練習にも付き合ってくれて、すごく助けてもらいました。

あとは、なんでも言えるというか、「これやってなかった…、やってくれる?」とすぐに言えるような、とても頼れるチームでした。適材適所というか、各々にキャラクターがそれぞれあって、得意な部分を強みとして動いてくれたので、ストレスなく大会に臨めました。

ステージに立つのは選手だけですが、やっぱり大会はチーム戦だなと思いましたね。


──戦いの後にチームと話す時間も、雰囲気が見えて面白かったです。改めて今大会に出場してよかったことはなんでしたか?

石谷:大会出場のためにコーヒーと向き合う時間を過ごす中で、まだまだ良くすることができる部分があると実感しました。練習するとできるようになってきて、できなかったことがあるということを痛感したのが新鮮だったことのひとつ。

あとは、チームで臨むことの大切さですね。大人数でのこういう経験って大人になるとなかなかできないですが、みんなでひとつの目標に向かっていくというやりがい、楽しさを体験できたことが一番大きかったと思います。一体感のある雰囲気で過ごせた経験は、どこかで生きてくるのかなと思います。

──ちなみに日本人のバリスタの海外からの評価はどんなものでしょうか?

石谷:多分、作業が丁寧だということと、シャイってことでしょうか(笑)。あとは、まだ海外で知られている日本のバリスタは少ないと感じました。僕らもWBCなどを通さないと海外のバリスタについてはなかなか知る機会がありませんよね。

でも、大会で知り合った方、名前を聞いた方がいる国に行けば、その方のお店に行ってみたいと思ったりもします。そういう意味でも、世界大会に出場することの意味はあると思いますね。


──今後の競技会への挑戦についてはどうお考えですか?

石谷:今のところは、今年は特に考えていませんが、まだ時間があるので出る目的があれば出ます。それに、どんなかたちにせよ世界大会の場にずっと携わっていきたいということは決めているというか、自然にそこにはいると思います。

──石谷さんに続く世代の日本のバリスタたちについては?

石谷:育てていかないといけないという思いもありますが、僕自身はまだそういう気持ちで他のバリスタさんを見たことはありません。たとえば、今年のJBCに出場しなかったとして、大会を外から見た時にどう思うか。やっぱり自分が参加したくなるのか、もう若い人たちに全部任せようという気持ちになるのか……。まだ1カ月しか経っていないので(試合の感覚が)抜けていない感じはありますね。

──最後に、今後の予定などをお聞かせください。

石谷:海外からの仕事の問い合わせが増えてきました。行ったことのない海外のフェスでバリスタをやるとか、また違った吸収ができるかなと思います。今年も残り半年ありますが、どんな活動ができるのか自分でも楽しみです。


石谷さん、ありがとうございました。そして改めて、おめでとうございます。
今後も石谷バリスタの活躍は続きそうです。
CROWD ROASTERでもその活動を追っていきたいと思います。


2024.5.31
CROWD ROASTER