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「1CCC」を通して焙煎士コミュニティに貢献していきたい 〜味の素AGF株式会社 インタビュー 【特集:1ST CRACK COFFEE CHALLENGE 2024】


若手焙煎士の発見・育成を目指す焙煎大会「1ST CRACK COFFEE CHALLENGE」(ファーストクラックコーヒーチャレンジ。略称「1CCC」)。その参加者100名に最初に課せられる予選の課題は、サンプルとして主催者から与えられた焙煎豆と同様の焙煎を再現するというものです。
 
単に「自分がおいしいと思うコーヒーを焙煎する」のではなく、「見本となるコーヒーに焙煎で近づける」という部分で、焙煎士としての腕、豆に対する知識などが総合的に問われます。
 
そんな予選の判定に、2023年からオフィシャルスポンサーの味の素AGF株式会社が判定に携わるかたちで「ガスクロマトグラフィー」でのアロマ分析が導入されました。
 
とはいえ、アロマ=香りだけでコーヒーのどんなところまでわかるのかと、ギモンに思われることでしょう。
 
そこで、予選の焙煎豆がすべて揃った6月25日、味の素AGF株式会社 開発研究所の方々にインタビュー。実際に「ガスクロマトグラフィー」の機械を拝見しつつ、アロマからわかるコーヒーの奥深さや、味の素AGFが「1CCC」に協賛する理由などもじっくり伺いました。

アロマ分析により、コーヒー競技会に客観的な評価を

──そもそもコーヒーメーカーの味の素AGF株式会社が、「1CCC」のオフィシャルスポンサーになったきっかけはなんだったのでしょうか?
 
浜名:「1CCC」には1回目から協賛していて、最初の特典は優勝者に工場見学に来ていただくというものでした。2回目からは私が中心となって「1CCC」に関わることになったのですが、私自身も社内でアロマ分析を担当していた時期があり、以前からコーヒーの競技会に対して、ジャッジの主観に依存する部分が強すぎるのでは、という課題を感じていました(もちろん、ジャッジの評価も重要なことです)。
 
そこで、もう少し客観的な方法でも競技者たちが評価されるべきだということで、予選で「ガスクロマトグラフィー」による分析をやらせていただきたいということをギーセンジャパン代表の福澤さんにも話したところ、福澤さんも同じ課題意識を持っており、共感していただけました。

味の素AGF株式会社 開発研究所の浜名芳輝さん。SCAA/CQI Qグレーダー、J.C.Q.A.認定コーヒーインストラクター1級などのコーヒー関連の資格も取得している


──笹島さんと髙橋さんは、浜名さんからコーヒーの焙煎大会でアロマ分析を行いたいと聞いた時はどうでしたか?
 
髙橋:大会の評価に使われるというところは、責任を感じてちょっと怖い部分もあったのですが、純粋に面白そうだなとも思いました。

味の素AGF株式会社 開発研究所の髙橋怜さん

 
──それまで、ガスクロマトグラフィーは社内の製品開発や検証にしか使ったことがなかったんですよね。
 
髙橋:はい、こんな使い方をしたことはまったくなかったんです。
 
笹島:私もマネージャーという立場から、我々が出したアロマ分析の結果を社内で使う時とは違う考え方で取り組まなければならないというところに、一番気を遣いました。

 味の素AGF株式会社 開発研究所の笹島祐子さん


──実際に、2023年の大会で初めてアロマ分析をされました。出てきた結果を見てどう思われましたか?
 
笹島:「風味を近づける」という大会ですので分析で差が出るか不安でしたが、100人の参加者の豆を分析すると、チャート上でちゃんと差が出ました。近い人は近いけれど、中には遠い方もいらっしゃいました。
 
例えば、分析を生業としている会社であれば、分析データを出すこと自体が仕事ですが、私たちは自社の製品を分析することが仕事です。「1CCC」の予選参加者の焙煎豆を分析して、その数値によって順位が決まってしまうというのは、とても責任重大なことでもあるんです。
 
浜名:そのあたりで、実は社内の協力を得られるまでにはとても時間がかかりました。
 
味の素AGFはインスタントコーヒーの会社という印象が強いかもしれません。ただ、私たちはレギュラーコーヒーも含めてコーヒーの香りを分析し、引き出す技術を持っています。自分自身も味の素AGFのコーヒーに携わって10年以上のキャリアの中で、もう少し自社の強みを活かすことで、スペシャルティコーヒーも含めたコーヒー業界全体にインパクトを与えられるのではないか、この大会は絶対にそういうきっかけになるのではないか、と考えていました。それで、私たちの強み=アロマ分析というところから、ギーセンジャパンさんにご相談させていただきました。
 

アロマ分析でわかることとわからないこと 

──そんなアロマ分析ですが、一般的にコーヒーのチェックというとカッピングなどが行われていますよね。具体的にどんなことがわかるのでしょうか?
 
髙橋:アロマ分析の手順としては、まずは予選参加者の豆を同一条件で挽いて、メスフラスコという器具を使ってコーヒーを抽出します。水に浸して上澄みをすくいます。一般的なカッピングと似た手法です。
 
味の素AGFで導入しているガスクロマトグラフィー。コーヒー以外にもさまざまな食品・飲料などの分析に活用されている

 そうやって抽出したコーヒーを「ガスクロマトグラフィー」の機械にセットします。コーヒー液を均一に温めて香りを立てる「前処理」と呼ばれる工程が30分ほどあり、「吸着管」というものに気体となった香りをつけ、それを分析していきます。

 抽出したコーヒー液はこのようなかたちでセット

アームが1本ずつ前処理を行い、温度や振動を一定にしてまったく同一のアロマを再現する 

香りを含ませた吸着管を分析装置に入れてから約1時間で分析完了。ガスクロマトグラフィーはほぼ365日稼働してこの作業を行っているという

 
「1CCC」には100名の予選参加者がいるため、この検体分析だけで約1週間、その後でサンプル豆との違いをわかりやすい指標にして、チャートとして出力します。
 
──このアロマ分析によって、コーヒーのどんなことがわかるのでしょうか?
 
髙橋:私たちがこれまで蓄積してきたデータから、「こういう数値が高い時にはこういう傾向がある」といったことは見えてきています。焙煎のしかた、豆の品種や産地などは、アロマでだいぶ特徴が出ます。
 
焙煎機によるアロマの違いという観点ではデータを取ったことはないのですが、たとえば伝導熱中心の焙煎機と熱風中心の焙煎機では、豆に接する風の量が異なるのでアロマの傾向は異なるかもしれません。
 
笹島:「1CCC」のように同じ豆で焙煎士が異なるサンプルのアロマ特徴から、焙煎の方法が推定できるようになると面白いと思います。

取材当日にはすでに予選参加者の焙煎豆が到着していた

 
──そういったチャート上の違いは、私たちがコーヒーを飲んだ時の「おいしさ」の違いと関係すると考えていいのでしょうか?
 
浜名:そうですね、コーヒーってほとんど「香り」なんです。たとえば、鼻をつまんでほうじ茶とコーヒーを飲んだとしても違いが分かりにくいと思います。それくらい香りが影響する飲み物なんです。
 
──つまり、アロマ分析というのは、人が感じたものではなく、あくまで香りの成分から客観的に分析しているということなんですね。逆に、このアロマ分析ではわからないことはあるのでしょうか?
 
笹島:この装置でも、コーヒーの香りの全成分を分析できているわけではありません。なので、何がコーヒーのその香りに結びついているのかがわからない成分もまだまだたくさんあります。
 

アロマ分析をどう焙煎に活かすか 

──アロマ分析でコーヒーの多くの部分がわかるということは理解できてきました。実際に味の素AGFでは、このアロマ分析を商品開発にどう活かしているのでしょうか?
 
浜名:商品作りに活かすという意味では「仮説づくり」に欠かせません。
 
よりおいしいものを作りたい時に、たとえばさまざまなデータ分析から、「成分Aを増やしたらお客様に好まれる」という点に着目したとしましょう。まずはそのデータ知るために、アロマ分析のデータがないとお客様の嗜好データと照らし合わせることができません。こうした「仮説を立てる」ためにアロマ分析は欠かせないのです。
 
笹島:焙煎は化学反応です。コーヒーの生豆に含まれている成分が熱を加えることで反応し、さまざまな成分に変化していきます。そういうことが起こっている過程は目では見えないのですが、アロマ分析をすることで「結果」は見えるので、化学反応の状態を数値化するということには活かせるとは思っています。
 
──アロマ分析をすることで、感覚的ではなく数値としてなぜそうなったのかを振り返ることができるわけですね。だとすると、焙煎技術や焙煎方法の見直しなどにもつなげられそうですね。
 
浜名:そうですね。温度のコントロールなどもアロマ分析の結果を見ながら試行錯誤できますし、新しい焙煎機を買った時などは、感覚だけでなくデータに基づいてプロファイルを作ることもできると思います。
 
笹島:同じプロファイルであっても、元の豆の水分量が違えば違う香りになったりしますよね。そういう化学反応をデータとして見ることで、焙煎技術にフィードバックできると思います。
 
──「1CCC」に参加した方には、全員にそれぞれの分析結果が通知されるんですよね。
 
浜名:そうですね。お題となるサンプル豆が中心にあって、それに対して参加者の焙煎豆がどの程度ずれていたか、というチャートのかたちで確認できます。ただ、それらの項目がどんな成分によって判断されているのかは、私たちの企業秘密やノウハウの部分です。
 
──実際に、昨年参加された焙煎士からの反応はいかがでしたか?
 
浜名:基本的にネガティブな反応がなかったところは安心しました。ただ、そのチャートを見て「そうなんですね」というところで終わってしまった印象はありました。
 
例えばチャートで「少しフルーティーさが強い」と出ていた場合、参加者の感覚とチャートの数値のすり合わせに課題を感じました。チャートを見ることでその後のその方の焙煎に生かされたかと言われれば、そうでもなかったかもしれません。
 
2023年大会のチャートの例。課題豆との差が明確になる。数値が高いからいいというものではなく、大会の趣旨としては課題豆にどれだけ近いかが求められる
 

笹島:焙煎士さんたちも、このような化学的な分析に触れる機会は多くはないと思うので、今後もこのようなかたちで続けながら改善していきたいと思います。
 
同時に、焙煎と化学的な成分というものが、切っても切れないものなんだということの認知度を高めていく必要性も感じました。
 
あとは、あまり近い結果にならなかった方にこそ、どう違いを感じたかを聞かないといけない気もしました。チャートの値が近い方は、基本的なスキルとしては焙煎を合わせられる方だと思うので。
 
ただ、今回のチャートの結果は、コーヒーがおいしいかおいしくないかという概念は抜きにしています。ですので、「チャートが遠いからおいしくない」というわけではありません。
 
──アロマ分析チャートの良さと、実際に飲んだ印象とではまた異なるというのも、コーヒーや焙煎の面白さとも言えそうですね。
 

サステナブルな時代の「インスタントコーヒー」の価値

──今大会で味の素AGFさんが関わっていらっしゃる部分としてもうひとつ、決勝進出者に「インスタントコーヒーを用いたオリジナルドリンクのレシピ」という課題を出されています。焙煎士の大会であえて「インスタントコーヒー」を取り上げた理由はなんだったのでしょうか?
 
浜名:味の素AGFという会社にとって、インスタントコーヒーは、それでしかお客様に届けられない価値のある重要なカテゴリーだと考えています。インスタントコーヒーを製造できる会社は極僅かであり、我々はそこに誇りを持っています。
 
また、今大会の決勝のプレゼンテーションのテーマは「ロースターとして持続的なコーヒーの為にできること」なのですが、高度な抽出技術で作られたインスタントコーヒーは、レギュラーコーヒーに比べて1杯のコーヒーに使用される豆の量が少なく、サステナブルな食品と言えます(サスパ)。また、価格的なメリット(コスパ)、時短で淹れられるというメリット(タイパ)や、冷水やミルクにも溶けやすいアレンジのしやすさといった特徴もあるのです。
 
コーヒー業界は2050年問題(地球温暖化によりコーヒー栽培地が50%減少すると言われる問題)も迫っており、インスタントコーヒーのあり方もアップデートしていく必要があります。会社としてもコーヒー業界としても、もっとインスタントコーヒーのポテンシャルを引き出すべきだと考えています。
 
そんな時に、「1CCC」に参加されるような若いロースターの視点で、インスタントコーヒーについても一緒に考えてほしいというところから、課題(=参加者と一緒に考えたいテーマ)のひとつに入れさせていただきました。
 
──課題はあくまで提出するだけということでしたが、せっかくなのでそのレシピも味わえる機会があるといいですよね。
 
浜名:そうですね。これはまだギーセンジャパンさんと相談している段階なのですが、いただいたレシピの一部は、決勝大会の会場で来場者に飲んでいただいたり、レシピについて特別賞のようなかたちで表彰できたらと思っています。
 
それと、一部のロースターさんからは「インスタントを作りたい」という声も伺うことがあります。海外には一個人のインスタントコーヒーを作れる会社もあるにはあるのですが、実際味の素AGFとしては難しいです。
 
ですが、この先どういう市場になるかわかりませんし、若いコーヒー業界を志す方たちが「インスタントは飲んだことがない」とか「ドリンクを提供したことがない」ということだと議論にもなりません。アメリカでは「Intelligentsia」というロースターカフェがインスタントコーヒーを使ったメニューを提供しています。まずは皆さんに飲んで、触れていただいて、意見を聞いたりコミュニケーションが取れればとも思っています。
 2023年大会では、決勝進出者のドリンクを来場者にも振る舞っていた

 
──夢のあるお話ですね。ちなみに、インスタントコーヒーは最終的に、いわゆるレギュラーコーヒーに追いつけるのでしょうか?
 
浜名:インスタントコーヒーも、コーヒー豆100%で出来ています。長年蓄積されたノウハウを用いて焙煎や産地特有の香りを引き出す事は可能で、「ちょっと贅沢な珈琲店®EVERBLACK®」という製品には実は色々な技術が詰め込まれているので是非飲んでいただきたいです。(個人的にはエチオピアがオススメ)
 
──最後に、いよいよ7月26日には、味の素AGFさんのアロマ分析と審査員によるカッピング評価で、「1CCC 2024」の決勝進出者6名が発表されます。味の素AGFとして「1CCC」に期待していることをお聞かせください。
 
浜名:それはもう、「1CCC」を世界一のロースターのための大会にすること。もっとメジャーにしていきたいと思っています。
 
大会に協賛することによる企業価値の向上にもつながりますが、それよりもこの大会に関わることで、焙煎コミュニティの発展に貢献したいのです。
 
「1CCC」が大きくなることが、コーヒーの発展につながると信じていますし、日本で一番の焙煎大会になってほしいと思っています。



1CCC 2024
 
「おいしさの科学」を追究する4つの部門
|味の素AGF株式会社