これまで一般的だった「コーヒーは苦いもの」という概念を覆す圧倒的にフルーティーなコーヒー。それが、東京・名古屋で3店舗を運営する2015年創業のコーヒーショップ兼ロースタリー、「GLITCH COFFEE
& ROASTERS」です。
日本のコーヒーに新たなトレンドをもたらした時代の寵児として注目されていますが、代表の鈴木清和さんにインタビューしてみると、それは一面的な見方でしかないということに気づかされます。一時のトレンドや目新しさを追いかけているわけではなく、農園への還元を重視する姿勢や、コーヒーの味を追求する真摯な姿勢が、GLITCHの人気の源なのです。

職人に憧れて

「情報処理の国家資格を身につけ企業で働いていた25歳の頃、自分の夢がわからない、という状況に陥って、趣味としてものづくりの仕事を模索し始めました。もともと職人的なことをしたいと思っていたので、いろいろやったなかで出会ったのが、コーヒーでした」
ちょうどスターバックスが流行し、バリスタの存在感も増してきた時代に陶芸やシルバーアクセサリーなどのものづくりの道を目指し始めた鈴木さん。しかし、自分が作ったものと相手が求めるものの価値観のズレを経験します。
ある時、陶芸で自分が作ったものを友達にあげたんですが、あまり喜ばれなかったんです。友達の好きなものや価値観がわからなければ使ってくれないし、お互い納得できるものではなかったんだと思います」
そんな中で一番喜ばれたのが、自分が作った器に淹れたコーヒーでした。
「陶芸をやっていて器の中に入れるものがなかったので、ハンドドリップしたコーヒーを淹れてみたら、みんなが『おいしい』と言ってくれたんです。なんてことはない、普通のコーヒーです。でも、それまでそんなふうに喜んでくれたり、『また淹れてよ』と言ってもらうことがなかったので、これは面白いなと思い始めたんです」
バリスタ修行から焙煎の道へ
そんな経験から、豆の産地、抽出方法、バリスタという職業など、様々な要素によって1杯のコーヒーが形作られていることを学び、コーヒーの奥深さに魅せられていきます。そして会社を辞め、バリスタ日本チャンピオンのもとで修行をしたり、焙煎工場に勤めたりと、バリスタの修行を2年ほどしていきました。
「そんな時に、オーストラリア出身のバリスタ世界チャンピオン、ポール・バセットが日本にお店をオープンすると聞いて、スタッフとして参加したんです。現在も第一線で活躍している焙煎士も修行していて、GLITCHがいろいろなお店とつながりがあるのは、この時の人間関係が大きいんです」
この当時、「Paul Bassett」のようにシングルオリジンの豆を使って店内焙煎したコーヒーを出すお店はほぼ皆無。オーストラリアのカルチャーとして、日本に導入するのが早すぎたとも言われていました。
そこで鈴木さんは初めて、「焙煎」や「シングルオリジン」について深く知ることになります。
「『Paul Bassett』に入ったのが、自分がコーヒーの世界に携わってから2年目くらいでした。バリスタの技術も知りたいけど、焙煎技術の方がもっと知りたい。なので、ポールに認めてもらうために、それからは朝昼夜にかかわらず、時には寝ずに、トレーニングし続けました。それがポールに通じたのか、『焙煎してみたら?』と言ってもらえたんです」
ただし、オーストラリアでの考え方は分業制。クオリティコントロール、マネージャー、店舗運営、バリスタ、焙煎にそれぞれポジショニングするのが一般的で、兼務はありません。「バリスタをやりたいのか、焙煎をやりたいのか」と問われた鈴木さんは迷わず「焙煎がやりたい」と答えます。焙煎を仕事にする、その決意が固まった瞬間でもありました。
ブラックコーヒーにこだわる理由
「Paul Bassett」での修行を続けたのち、鈴木さんはGLITCH COFFEE & ROASTERSを神保町にオープンさせました。2015年のことです。

「「人一倍心配性」と語る鈴木さんは、豆の仕入れに関しても関係を築いていました。焙煎の技術、バリスタの技術、人間関係、そして店のコンセプトまで、自分のやりたいことを明確にしてからの起業でした。
こだわったのは、ブラックコーヒーをメインにするということと、ハンドドリップで淹れるということ。エスプレッソメイン、カフェラテメインで、ブレンドもしている「Paul Bassett」とはまったく違うコーヒーのかたち。鈴木さんが思い浮かべたのは、コーヒー豆の裏にいる農園の方々の顔でした。
「実際に農園を訪れたりもしたことがありますが、農園からしてもブレンドすることに『NO』とは言えないので、『そこは僕たちには何も言えない』と言って悲しい顔をするんです。だから、GLITCHではシングルオリジンでやりたい、と考えていました。
もうひとつ、消費者はそれぞれの豆の味を知らないので、それを混ぜたらどんな味がするのか判断がつかないと思うんです。各オリジンの個性を理解しないまま混ぜてしまったら、農園の人たちの努力が無駄になってしまいますし、どの品種のどの農園の豆、ということが言えなければ、農園の方にしっかり還元できなくなります」
シングルオリジンだからこそ農園に還元できる──その思いから、当然豆に対してのこだわりは人一倍。常に新しい豆を探し続けており、その思いはお客様にも確実に届いています。
「お客様の中にも、『あのエチオピアのサコロ農園のコーヒーが美味しかった。今年はないの?』と、農園の名前を覚えてくださる方もいるんですよ。現地の人からしたら、日本で農園を名指しで求めてくれるのってすごくうれしいと思うんです。そういう声がもっと聞ければうれしいですよね」
1杯のコーヒーの「味」に
込められた大勢の「努力」
「人間って少ない時間しか生きられないじゃないですか。その時に手にするものをちゃんと選べることが大切で。

コーヒーにしても、100円のコーヒーに対して努力が欠落している部分がたくさんあると思うんです。どんな豆なのか、マシンの清掃は毎日しているのか、焙煎日はいつなのか、オリジンはどこなのか。それがわからないものをボタンを押して買う。
うちのコーヒーは600円くらいから3500円くらいまであるんですが、そこに対して農園の人たちが努力をしていい豆を作ってくれているんです。農園に行けばその努力も目に見えますし、他のコーヒーと全然違う作り方をしていたりもします。
それを持ってこようとする人たちの努力もコーヒーの“味”になっていると思うんです。
そして、僕ら焙煎士が集中して、その味を引き出し、バリスタが抽出して1杯のコーヒーが生まれる。そう考えると、600円という値段は安すぎるくらいだと思っているんです」
GLITCHには、特別な焙煎と特別なフレーバーを提供するマニアックな店、というイメージもあるかもしれません。ですが、それは鈴木さんが語る「やりたくないことはやらない」という方針を貫いたため。「コーヒー本来の味を消費者に知ってほしい」という強い思いがそこにあります。
浅煎りは味を理解するための
手法にすぎない
GLITCHを象徴するイメージのもうひとつが、ライトロースト=浅煎りというイメージでしょう。この浅煎りについても鈴木さんは、トレンドというだけではなく、豆の品質を見極めるために必要なことだと言います。
「浅煎りしかやらないのではなく、シングルオリジンを知りたいと思ったら、そういうロースティングポイントを突かなければならない。カッピングやテイスティングをする際に、深煎りでテイスティングすることはありません。肉の品質を知ろうと思ったら、ウェルダンではなくレアの方が分かりやすいです。いい品質かどうかを見極めるためには、焦がしすぎてはいけないんです」

カフェとしての歴史を大切に
新しいコーヒーの潮流を生み出したGLITCHですが、将来のGLITCHの姿を窺うと、少し意外な答えが帰ってきました。
「神保町にお店を出した理由でもあるんですけど、ミロンガ(・ヌオーバ)さんとかさぼうるさんとか、素晴らしいお店がたくさんありますよね。僕がカッコいいと思っているのがああいう店舗なんです。
ポッと出の焙煎士とかカフェがいくら流行っても、ああいうお店のオリジナリティには勝てないし、考えも深い。そういうところに共感します。やはり下積みとか歴史は大切ですね」
東京に2店舗、さらに名古屋にも1店舗と、着実に拡大しているGLITCHですが、あまり増やそうとは思っていないとのこと。その理由もやはりGLITCHらしい、と思えます。
「店舗を多くしすぎると、自分の味が作れなくなっちゃうんですよ。限界が出てきてしまう。
できれば1店舗がいいんです。自分の作りたい味を作るためには、オリジナルの店じゃないとできない。みんなコピーになってしまいますから」
「GLITCH」が固定概念を覆す
GLITCHでは、焙煎はほぼ鈴木さんしか手がけず、クオリティをコントロールしています。それだけ聞くと「任せられる人材がいない」というタイプの頑固な職人気質かと思ったのですが……。
「『GLITCH』って言葉の意味、ご存じですか? 『システムバグ』という意味なんですよ。
自分だけがコーヒーを作ったり焙煎していると、常識的な範囲内でこうしたらこうなるとわかっているので、固定概念ができてしまっているんです。
最近、スタッフの子に家でどんなふうに飲んでいるのかを聞いて、そのハンドドリップのやり方をそのまま店でやってもらったら、それがおいしかったんですよ。自分がわからないこと、思いもしないことから発見することもいっぱいあるんです。いわば『バグ』みたいな発見ですよね」
最近は、オープン前からトレーニングしているスタッフを見て、自分もあらためてトレーニングしていると鈴木さん。ライトローストコーヒーの代表格、オシャレでストイックなコーヒーショップというイメージがありながらも、新人の感性もうまくミックスできる柔軟性も併せ持つ焙煎士でした。
