STORY

世界に通用する「Japanese Roast」を目指して 三浦拓也焙煎士

 
愛知県安城市に、2023年4月にオープンしたばかりの焙煎所兼コーヒーショップ、FUKUSUKE COFFEE ROASTERY(フクスケ コーヒー ロースタリー)。

その店主の三浦拓也さんは、カナダでのバリスタ留学、奈良県「ROKUMEI COFFEE CO.」での焙煎士修行を経て、2022年に開催されたギーセンジャパン主催の競技会「1st crack coffee challenge」で優勝を果たした、いま最も注目されている焙煎士のひとりだ。

喫茶店文化が色濃く残る安城地域には、スペシャルティコーヒーをメインとしたコーヒーショップはまだまだ珍しい。そんな安城市で、三浦さんは長い歴史を誇る地域の伝統も大切にしながら、新しい風を吹かせている。

若手焙煎士の登竜門「1st crack coffee challenge」で優勝

 
「1st crack coffee challenge」は35歳以下の若手焙煎士が対象の焙煎競技会で、2022年が初開催。60名の参加者による予選を経て4人まで絞られ、決勝では焙煎・抽出・プレゼンテーションによって勝敗が決するというルールだ。

予選は、2種類の焙煎済みコーヒー豆を与えられ、そのコーヒーにいかに近い焙煎を行うかを競う。ギーセンジャパン主催ではあるものの、慣れ親しんだ自分の焙煎機を使うことが許されており、サンプルと同じ豆を同じ状態に持っていく焙煎技術が問われる。

「予選の2つの課題のうち、ひとつは完全に外してしまいましたが、もうひとつは色づき、爆ぜる様子、排出のタイミングなどピッタリ揃ってほぼ狙った焙煎に合わせることができ、予選2位通過でした」

過去にはエアロプレス大会に向けた焙煎大会や焙煎の大会への参戦経験はあったという三浦さんだが、初開催ということで事前の傾向などもわからないままで臨む難しさもあったという。決勝では、自分が理想とする焙煎・抽出をして、「コーヒーの今とこれから」というテーマのプレゼンも課されていたところは、他の大会と異なる部分だ。

「優勝したことで、自分の届けたいコーヒーをより多くの人に届けられるようになりましたし、地元の方々にコーヒーにより興味を持っていただくきっかけにもなりました」

そしてこのプレゼンを通して、自分自身が焙煎士として実現したいことがなんなのかをまとめるきっかけにもなったという。

「焙煎士という職業は、職人であると同時にビジネスマンであるべしということを伝えました。いくら高い理想を掲げても、安定した仕事にできなければ生産者に還元することもできませんから。ただコーヒーが好きなだけで社会が良くなるとは思えなくて、いろいろな視点も必要だと考えるようになりました」

パナマ エスメラルダ ゲイシャの衝撃

 
今でこそ気鋭の焙煎士として知られる三浦さんだが、コーヒーに魅せられたのは24歳の頃。たまたま立ち寄った喫茶店で飲んだコーヒーだった。

「愛知県にある豆蔵というコーヒー専門店で、パナマ エスメラルダ農園のゲイシャを飲んで衝撃を受けたのが最初でした。当時はコーヒーの苦味が苦手で、なぜブラックを飲んだのかは覚えていないのですが、そのあまりにフローラルな香りに30分くらい余韻に浸ってしまいました」

その体験をきっかけに、自宅で手焙煎などをしながら、どうやら焙煎がコーヒーの味づくりで重要だということを知り、焙煎士を目指すことを決意。勤めていた福祉の仕事を辞め、ワーキングホリデーを活用して1年間、カナダへバリスタ修行に出た。

「なんだか、焙煎という仕事が自分に向いていると思えたんです。ちょうどWBrC 世界チャンピオンの粕谷哲さんが話題になっていた時期でもあり、これから焙煎を志すなら、英語と世界のコーヒーを学んだ方がいいと考えました」

バリスタ修行をする中でカナダで勉強になったことは、「コーヒーを通じた人と人とのつながり」だったという。

「カナダでは、お客さまも店員も『Have a nice day.』(良い一日を)『You too.』(あなたもね)といったお互いを思いやる言葉をかけるんです。これがバリスタとしての原体験でした」

帰国後、奈良県の「ROKUMEI COFFEE CO.」で3年間、焙煎士として修行を積む。新人にもかかわらず、12kg釜のローリングを用いて共有されるプロファイルを使いながらも、積極的に焙煎に関わらせてもらったこと、COE(Cup Of Excelence)の希少な豆を焼かせてもらえたことも財産になった。

そして2022年に「1st crack coffee challenge」で優勝したのち、2023年4月に出身地である安城市に「FUKUSUKE COFFEE ROASTERY」をオープン。店名の「FUKUSUKE」は地元の伝統工芸品「桜井凧」で有名な福助の絵柄にちなんで、そしてコーヒーを通じて“福”を届けたいという思いから名付けた。

「安城市は昔ながらの喫茶店が多いのですが、スペシャルティコーヒー専門店はあまりないんです。

お店のコンセプトは、『古きと新しきの融合』、そして『親しみと尖り』。世代を超えてコーヒーを通じてつながり、皆さんに喜んでいただきたいという思いで始めました」

スペシャルティコーヒー業界に貢献したい

 
そんな三浦さんにとって、焙煎という仕事は、「関わる人たちに喜んでいただくためのもの」だという。

「僕たち焙煎士がコーヒーに対してできることは、焙煎による味づくりです。なんのために行うかと言ったら、お客さまに喜んでいただいて、また飲みたいと思っていただくためですよね」

ただ、単に味だけがよければいいとも考えてはいない。たとえば、三浦さんがお店で扱っているコーヒーには、ミャンマーやウガンダといったスペシャルティコーヒーの産地としてはあまり馴染みがない地域のものも多い。

「スペシャルティコーヒーで有名な地域の豆も扱っているのですが、ウガンダのウェンゾリ・ドンキーナチュラルとか、ミャンマーの村ごとに異なるコーヒーなど、今まさに品質改善に取り組んで成長している産地のコーヒーを選ぶことで、スペシャルティコーヒー産業に少しでも貢献できればとも考えているんです」

どこまでも「甘さ」を大切に

 
そんな三浦さんが目指す理想の焙煎は、甘くて口当たりがよく、コーヒーの風味特性を最大に感じられる焙煎だという。きっかけは、優勝の特典として訪問したギーセンのお膝元、オランダで訪問したロースタリーでのカッピング体験だった。

「正直、悔しいくらいにどのロースタリーのコーヒーもクリーンで甘くて、焙煎機の国はここまでレベルが高いのかと感じました。共通しているのは、浅煎りでも藁のような風味がなく、しっかりと甘さを感じる焙煎でした」

そんな経験を経て、日本で培ってきた焙煎技術と海外の焙煎を合わせながら、世界にも響くような「Japanese Roast」を目指している。

「僕はスペシャルティコーヒーの酸味が好きですが、酸味が好きな方もいれば苦味が好きな方もいます。でも、共通して好きなのはその中に感じられる『甘み』だと思うんです。

浅煎りで酸味があっても、深煎りで苦味が強くても、甘さがあるコーヒーには口当たりの良さがついてきます。そして、焙煎方法や焙煎機を問わず、どんな方法でも適切な熱量を加えることで、甘くてクリーンなコーヒーを作れると思っています」

地元に根付いたロースタリーとして

 
「1st crack coffee challenge」での活躍によって、安城市にこんなコーヒーショップがあるということを知らなかった多くの人たちに、スペシャルティコーヒーを知ってもらえるきっかけになった。次なる目標は「WCRC」(ワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ)だ。

「今回の大会は、主催されたギーセンジャパンの方々も僕と同じくらいの世代で、初主催でもあり、運営側の皆さんからもたくさんの刺激をいただきました。若手と言われる自分たちの世代こそ、新たなチャレンジをして未来を作って行かなければと改めて強く感じましたし、自分のキャリアの中でも大切な経験になりました。

伝統工芸品「桜井凧」の名前を冠した商品を作ったり、今後も地元の伝統を残す活動も広げていきたい。

今後は、焙煎士としてさらに上を目指して、WCRCにも挑戦したい。そして、さらなる焙煎の追求はもちろん、コーヒーを通じて安城市から日本全国、世界に『福』のある循環を広げていけたらと思っています」

栄誉ある賞を獲得しても、気鋭の焙煎士は一切驕ることはない。FUKUSUKE COFFEE ROASTERYは今日も理想の焙煎を追い求める三浦さんとともに、街に甘い香りを漂わせている。
 
 
SHOP INFORMATION
 
FUKUSUKE COFFEE ROASTERY
住所:愛知県安城市小川町的場101-7
定休日:火曜日、水曜日
https://fukusukecoffee.com