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「日本のエスプレッソ文化を底上げしたい」日本ラテアート協会代表 上野登さんインタビュー(前編)



FBCインターナショナル代表、日本ラテアート協会代表理事の上野登さん。シアトル系のカフェを日本に初めて紹介し、日本スペシャルティコーヒー協会の事務局長を務めるなど、日本のコーヒー文化の振興に力を尽くしてきました。

ラテアートの競技大会に長年携わってきた上野さんは、2022年に日本ラテアート協会を設立。ラテアート、そしてエスプレッソへの思いについてうかがいました。

ラテアートを頑張るバリスタにスポットライトを

----上野さんはシアトル系のエスプレッソやカフェラテを日本に初めて持ち込み、2014年には日本初のラテアート世界大会を開催されましたと伺いました。そこにはどんな思いがあったのでしょうか。

上野さん(以下敬称略):そもそもラテアートは、イタリアでは、いわゆるハートやロゼッタといわれる葉っぱの形のようなものは前からやっていたんです。でも大会などを開催しているわけではなく、待っているお客様にさっと出すだけ。それを、シアトルにあるビバーチェというカフェのデビッド・ショーマーというオーナーが、ラテアートを売り物にしたら付加価値が出るんじゃないかということで力を入れて始めたんです。

それから世界初のラテアート大会が2002年にシアトルで開催され、日本では私が2014年に「コーヒーフェスト」という展示会の中で開催したのが初めてです。
 

エスプレッソやカフェラテそのものは、スターバックスさんが日本に来る数年前に、僕が日本に持ち込みました。

当時の日本ではエスプレッソやカフェラテを誰も知らなかったので、紙カップと蓋をアメリカから持ち帰り、広めるためにアメリカ人の男女2人と一緒に東京駅の八重洲の通りを空のカップを持って1日2時間くらい飲むふりをしながら歩く、なんてこともしていました。

----昔はコーヒーをカップでテイクアウトするという人はほとんどいなかったですよね。

上野:今はみんな持って歩いてますが、当時の日本には一人もいませんでした。あったのは高速道路のサービスエリアで、自販機で買って運転席のカップホルダーに置くくらいでした。

それから、日本スペシャルティコーヒー協会の事務局長としてジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ(JBC)の運営などに携わってきましたが、やはりラテアートを頑張っているバリスタにももっとスポットライトを当てたいという思いがありました。

ラテアートを一生懸命頑張ることが帰結するところは、お客様によろこんでもらうというバリスタ本来の仕事です。

みんな最初は自分のラテアート技術の向上にだけ興味があるのですが、やってるうちにお客様がよろこんでくれて他のお店にはないサービスだということに気づきます。いつの間にかお客様のよろこびが自分のよろこびのようになり、ホスピタリティーがどんどんアップしてお店も心地よいものになっていきます。

ラテアート大会は、そんなラテアートへの興味を持っていただく場であり、バリスタの技術を見せる格好の機会です。インスタやYouTubeなどデジタルツールが情報を広めやすい今、ラテアートは一番適していると思います。
 
 
----誰が見てもわかりやすいですよね。

上野:今はイタリア ミラノの展示会に行けば全自動の機械が綺麗なラテアートを何度も同じように描けたりします。でもそうではなくて、バリスタという言葉自体はバール(bar)で働くイスター(ista)=人という意味ですし、人をもっと大事にしたいですね。

大会を通じてバリスタがさらに注目され、日本でもきちんと職業としてのポジションを確立していって欲しいと思っています。

日本と世界の「バリスタ」という職業


----世界大会を通して、日本と世界のバリスタの違いについて感じることはありますか?

上野:2014年の初開催のとき、技術は日本が世界一だったと思いますが、翌2015年から台湾、韓国の優勝となり、2014年以来日本人チャンピオンが出ておらず、今は断トツで韓国がトップです。

----そんなに韓国が盛り上がっているんですね。

上野:その次に位置するのが台湾とタイです。今、タイのカフェはどこも最新鋭のエスプレッソマシンとグラインダーを導入していて、バリスタもかっこいいです。タイやベトナムのリゾートホテルではコーヒーといったら必ずエスプレッソマシンなので、そういうところでの人材の需要がすごく多いですね。

日本スペシャルティコーヒー協会のラテアート大会で優勝したアーロン バリスタは、タイの北部のチェンマイでカフェをやっていて、ものすごい人気ですし、自分のブランドのアパレルまで持っているんです。

----バリスタとして努力すれば、しっかり自分に返ってくるものがあるんですね。そういった現状は日本とは違うような気がします。

上野:日本は追い抜かれていますね。韓国やタイのバンコクに行ってみてください。例えば昔の倉庫をカフェにしているような店では、真ん中にアイランド型でバリスタが働くスペースを作り、その周りが客席。バリスタはステージに立つスターのような存在です。

----海外ではバリスタという職業が若い人たちが憧れて目指すもので、技術を磨いていくものになっていると。

上野:2019年に当時20歳で日本に来てラテアート大会で4位になったベトナム人の男の子もベトナムでスターですし、アジアではバリスタが憧れの職業になっています。

でも日本ではどうでしょうか? そもそも全自動で淹れても、サイフォンで淹れてもバリスタだと言っていることもありますよね。
 

----エスプレッソを淹れるのに技術が必要なことが知られていないかもしれないですね。カフェ文化の浸透の差もあるのでしょうか?

上野:そうですね。それこそ日本人は昔から珍しくコーヒーを飲むアジアの民族で、喫茶店タイプからドトールさんのようなタイプ、さらに自販機もあり、コーヒーのビジネススタイルも多様でした。そこにスターバックスさんのような新しいタイプが上陸したので、広まるのに時間がかかったんです。

紙カップも今でこそいろんな色がありますが、僕が最初に入れようとした黒色の紙カップは、当初は通関で、白でなくては清潔ではないのでダメだと言われましたよ。それでもなんとか入れて、その後は他のチェーン店もいろんなカップを使うようになりましたが、それまでは色つきの紙カップはありませんでした。

日本はすでにコーヒーについてはインフラがあるから、新しいものが徐々に階段をゆっくり登るようにしか増えていかなかったんです。
 

----そのあたりは日本ならではの状況ですね。

上野:韓国とかはもともとインスタントコーヒーだけなので、そこにスターバックスさんが来たら一気に増えますよね。

だから日本以外の国はコーヒー=エスプレッソベース。エスプレッソから始まっているので、ラテやカプチーノが中心です。一方、日本はエスプレッソがメインストリームではないところがありますね。

----たしかに日本にエスプレッソの文化はなかなか広まらないですね。

上野:でもカフェインも、エスプレッソのほうがプアオーバーよりカフェインは半分ぐらい少ないんですよ。そういうことを大手チェーン店さんなどがもっと言っていけばいいのにとは思っています。

----そうなんですね。

上野:こういったことや、たぶんもう僕しか知らないようなことが多々あると思います。

ラテアートの柄ひとつとっても、リーフとロゼッタという柄の違いが知られておらず、アメリカ人バリスタも台湾人も韓国人も区別がついてないんです。

それはなぜかというと、この柄をロゼッタと呼んだのが1980年代なので、今のバリスタの30代、40代は知らないんですよね。でも僕はすでにその時にシアトルでなぜロゼッタというのか聞いていたんです。

植物のシダってあるじゃないですか。地面に生えてるシダは真ん中に1本軸があってその周りに葉がたくさん付いてる。それをロゼッタって言うんですよ。あるいは大木で、太い根っこが1本まっすぐ生えてて、そこから枝分かれしている形、これもロゼッタなんです。

ラテアート協会の活動を通じて、こういった正しいことを正しく伝えていかないといけないとも思っています。

バリスタの地位向上を目指して

 
----日本ラテアート協会のお話がありましたが、協会として今後考えていることや展望はありますか?

上野:商業簿記などと同じように、企業さんがバリスタを採用するにあたって技術の証明となるようなものを作りたいと思っています。そのためには民間企業ではなく一般社団法人であるほうがいいと思い、日本ラテアート協会を設立しました。

今専門学校で授業を受け持っているのですが、例えば在学中に3級を取得したとすると、企業側も3級ならここまでできるからマシンの前に立っていい、とわかるわけです。

年内にこの5段階のラテアート技能認定試験を始めようと思っています。

自動車教習所のように、北海道から沖縄までカフェに試験をできる権利を与えて実地試験を任せます。取得しても活かせないと意味がないので、採用する側にも広めていこうと動いています。
 

----そういった資格でバリスタという職業がさらに社会に認知されていけばいいですよね。

上野:僕はこの技能認定試験を充実させて国家資格にしたいんです。一般社団法人として実績を作って持ち込みたいなと思っています。

「飲食」でも「食」のほうは調理師の国家資格がありますが、「飲」は何もないですよね。飲み物も口にするものなのにおかしくないでしょうか? コーヒーを淹れるときに手洗いをしましょうといったことも、全部お店任せなんです。

こういった飲食の安全性のほかにもいろんな意味を考えています。イタリアンレストランの名店でも、もちろん料理はプロですが、コーヒーはアルバイトが淹れるような現実があります。

----バリスタの地位がどうしても低く見られているということでもありますね。

上野:だからこそ、バリスタの地位向上を図るためにショー・ザ・フラッグ、誰かが旗を挙げてこの旗の下に集まろうとやらなければいけないと思っています。そのためのラテアート協会ですから。

後編に続く

後編では、ラテアートの大会について、そしてバリスタたちに望むことなど、上野登さんにさらに語っていただきました。
お楽しみに。
 
 
2023.9.18