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280キロで走る新幹線で3名のバリスタが夢の共演!前例のない挑戦を支えた、キーコーヒーとトーエイ工業が語る舞台裏

2024年12月、東海道新幹線の車内で前例のない試みが実現した。1車両を貸し切り、日本を代表するバリスタたちが280km/hで走る車内でスペシャルティコーヒーを提供する「スペシャルティコーヒー新幹線」である。バリスタ日本チャンピオンに3度輝く石谷貴之さん、Raw Sugar Roastのヘッドロースターの小坂田祐哉さん、京都のコーヒーシーンを代表するDirect Coffeeの代表西尾逸平さんという、日本を代表する3名のバリスタによる夢の共演が実現した。

このイベントの裏側では、コーヒーメーカー、コーヒー機材メーカー、鉄道会社という異なる業種の企業が綿密に連携し、さまざまな課題を乗り越えていた。今回、この前例のない挑戦を支えたキーコーヒー株式会社の渋谷崇志さんとトーエイ工業株式会社の田島直宗さんに、その舞台裏を伺った。

キーコーヒー株式会社の渋谷崇志さん(写真左)とトーエイ工業株式会社の田島直宗さん(写真右) 

エスプレッソマシンを新幹線にという驚きの依頼

「JR東海さんから協力の依頼をいただいた際には、こんな楽しい企画に参加させていただけるなら、積極的に携わらせていただきたいという気持ちでした」と渋谷さんは当時を振り返る。

キーコーヒーは、新幹線車内で販売されているコーヒーに携わってきた実績があり、その信頼関係からの声がけだった。「エスプレッソマシンの搭載は前例のない試みであり、設置に必要な環境など確認することが多々ありました」と渋谷さん。


石谷さんが希望したエスプレッソマシンを提供するため、マシンを扱うトーエイ工業に協力を要請。「責任の重さを感じ、すぐには返事ができませんでした。社内で検証を重ねた上で、お引き受けすることを決めました」と田島さんは話す。

JR東海のスタッフがコーヒーづくりを学ぶ

準備はマシンの調達だけではなかった。JR東海のスタッフ3名がキーコーヒーの工場を訪れ、コーヒーが商品化されるまでの工程を学んだ。「企画や運営をされる方がコーヒーの知識を深めることで、イベント内容にも活かしていただきたいと思いました」と渋谷さん。

「工場見学では、コーヒーの焙煎工程の見学や実際にサンプルロースターで豆を焙煎していただき、自分自身で焙煎したコーヒーの味わいを確かめました。さらに、SCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会主催のイベント)にもJR東海の皆さんに来ていただいて、コーヒー業界の雰囲気を感じていただきました」

また、渋谷さんは8月に実施された「THE NIIGATA プレミアム清酒新幹線」を見学し、新幹線車内イベントの運営を学んだという。「同じような形式で、利き酒のイベントがあったので、どうやってスタッフの方が飲み物を提供するのか、実際に体験して今回の参考にしました」

技術的な課題を乗り越えて本番に挑む


もちろん、この企画の最大の課題は、エスプレッソマシンとグラインダーの搭載だった。「エスプレッソマシンとグラインダーを合わせて約60キロあります。新幹線の揺れに耐えられる台の準備や、50 Hzから60 Hzに切り替わる電源への対応など、検証すべき課題が多くありました」と田島さん。最終的に電源はバッテリーを搭載し、台はJR東海がオリジナルで制作したものを準備した。

マシンの管理も重要な課題だった。「エスプレッソマシンは使用可能な温度まで上がるのに電源を入れてから20分ほどかかります。車内に搭載してからスイッチを入れたのでは、イベントに間に合いません。そのため、乗車前から東京駅でバッテリーによる通電を開始し、ウォームアップした状態で搭載しました」と田島さん。

渋谷さんも「当日は朝7時くらいから東京駅にあるJR東海の事務所で準備を始めました。イベントが始まる前に実施された全体朝礼では『今日は頑張りましょう』と士気を高め合ったのを覚えています」と当時の様子を語る。

新幹線車内に搭載されたVICTORIA ARDUINOのイーグル・ワン・プリマ。これを2台とグラインダーも2台、専用の台を制作し搭載した。搭載したマシンでエスプレッソを抽出する石谷さん

当日の様子と感動のフィードバック

新幹線の出発前、田島さんをはじめとしたトーエイ工業のスタッフは苦労してエスプレッソマシンをホームに運び込んだ。渋谷さんは「東京駅のホームにエスプレッソマシンが置かれているのを見て、これまでの関係者全員で課題を乗り越えてきたことが思い返されて本当に感動しました」と振り返る。

イベントの参加者は52名。客層は老若男女さまざまだった。「東海道新幹線は2024年に開業60周年だったそうです。参加者の中には『私は東海道新幹線と同じ年齢。還暦の記念にこのイベントに参加しました』という方もいて、そういう楽しみ方もあるんだなと驚きました」と渋谷さん。

「カップにコーヒーをそそぐ作業は16号車のデッキを使って行っていました。コーヒーの香りをかぎつけた隣の車両のお客様から『良い香りがしますね。何をしているんですか?』と声をかけられたりもして。新幹線の中で急にエスプレッソの香りがしたら、面白がって興味を持ちますよね」

最初はバリスタがいれたコーヒーを飲むだけだった参加者だが、イベントが進むにつれ盛り上がりを見せる。


特に盛り上がりを見せたのは、石谷さんによるカフェラテの実演だった。石谷さんはお客様一人一人の目の前で、ミルクを注いでいった。その贅沢な体験に、参加者からは感嘆の声が上がった。「石谷さんが登場した時の歓声が印象的でした。皆さん携帯を構えて写真を撮っていましたね。280km/hで走る新幹線の中でカフェラテを抽出する前例のない光景。自分のために目の前でいれてくれる価値はすごく高いなと感じました」と渋谷さん。

今後への展望

「お客様の笑顔を見られたことが何より嬉しかった」と田島さん。「他の列車でも実施できたら面白いかもしれません。この経験を活かして、また新しいチャレンジができれば」と意欲を見せた。


渋谷さんも「京都駅でお客様が降車された時、私にも『本当に楽しかった』と声をかけていただきました。マシンの搭載や電源への対応など、1つ1つ問題を解決していく楽しさがありましたし、ともにイベントに取り組んだJR東海の皆さんの熱意には本当に感動しました」と振り返った。

JR東海のチームは、車内でコーヒーのサーブも自ら行っていたが、事前にコーヒーを注ぐ練習をしっかりしていたと渋谷さんが裏話を教えてくれた。
「企画したJR東海の赤塚さんを中心としたチームの企画力と実行力はすごいパワーがありました。そういう熱意あるチームに参加できたことが嬉しかったです。また機会があれば、バリスタや皆さんと一緒に新しい企画をやらせていただきたいですね」と今後への期待を語った。

ちなみに渋谷さんは、石谷さんとの関係について、「20年近く前、石谷さんが表参道のカフェにいらっしゃる時からご接点はいただいておりました。今回一緒に仕事ができて嬉しかったです」と明かしてくれた。

1つ1つの課題を乗り越え、異業種のプロフェッショナルたちが作り上げた「スペシャルティコーヒー新幹線」。この成功は、日本のコーヒーカルチャーの新たな可能性を示す挑戦となった。

キーコーヒーのスペシャルティコーヒーへの取り組み


最後にキーコーヒーの渋谷さんに、スペシャルティコーヒーへの取り組みについて聞いた。今回の新幹線のイベントでは、お土産としてキーコーヒーの「トアルコ トラジャ」が参加者に配られた。

「トアルコ トラジャは今年で発売47年目になります。SDGsやCSRという言葉が注目される前から現地の生産者とともに『トラジャ事業』として農園の整備や地域と一体となった生産体制の構築などに取り組んできました。キーコーヒーとしては、トアルコ トラジャを中心にコーヒーのもつ魅力や楽しさをさまざまな形で訴求しています」と渋谷さん。

キーコーヒーは創業105年目を迎える老舗企業。「当社では“喫茶文化継承”を目指したさまざまな取り組みを実施しています。こうしたイベントへ参画させていただくことで、今まで接点のなかった方や若年層へのアプローチにつながれば幸いです」

焙煎体験もできる「錠前屋珈琲」。店名は「キー」コーヒーの本社前にあることから。

また、渋谷さんはコーヒーの楽しみ方の多様性にも触れた。「キーコーヒー本社の前には『錠前屋珈琲』という直営店舗があり、そこでは焙煎体験ができます。コーヒー好きな方がカフェ巡りや自宅でのラテアート練習などさまざまな楽しみ方をされている中で、焙煎体験はなかなかできません。焙煎士の指導のもと、自分の好みの焙煎ができるので、ぜひ体験していただきたいですね」

CROWD ROASTERについて

CROWD ROASTERの焙煎士に焦点を当てたサービスについて、渋谷さんは「ロースターさんの個性が異なることによって、同じ豆でも味わいが変わるということを伝えるサービスは素晴らしいですね。焙煎という工程はお客様が普段関わることが少ない部分なので、体験の機会を提供することは大切だと思います」とコメント。

「SCAJのCROWD ROASTERブースに著名なバリスタや焙煎士の方が、トークショーで来られているのを拝見して、ものすごくパワーを感じました。コーヒーの業界も活性化されて、面白いことができそうですね。ぜひ今後も一緒に取り組みができれば」と、新たな協力への期待を語ってくれた。




さまざまな課題を解決して実現した、スペシャルティコーヒー新幹線。この運営チームによる次の企画にもぜひ期待したい。
渋谷崇志さん、田島直宗さん、貴重なお話ありがとうございました。

<店舗情報>
CRAFT SHARE-ROASTERY 錠前屋珈琲
東京都港区西新橋2-34-3号先
営業時間:11:30~14:00、15:00~17:00(月〜金)
土曜日は焙煎機シェア・焙煎体験の予約がある場合のみ営業
お問い合わせ・予約:https://www.keycoffee.co.jp/inquiry/csrkeycoffee/