STORY

「見せないクラフト」へ。Kyoto-Style Espressoが映すコーヒーの現在地

アイスエスプレッソは、熱く淹れたエスプレッソを氷で急冷してつくる──長らくそれが業界の常識だった。その前提を外し、「最初から冷たいドリンクのために設計する」という発想で組み直された一杯が、ブルーボトルコーヒーから登場した。「Kyoto-Style Espresso」。掲げられたコンセプトは"Cold by Design"だ。


情報解禁を前にした6月のプレビューイベントには、開発を率いたDirector of Global Product Developmentのケビン・サクストン氏、Senior Global Omotenashi Managerの吉川遼音氏、そして聞き手として、スペシャルティコーヒーのインディペンデントマガジン『Standart』日本語版編集長の室本寿和氏が登壇した。


ハンドドリップとサードウェーブの象徴的な担い手のひとつが、アイスエスプレッソをゼロから作り直す。これは新メニューの話なのか、それともコーヒーの淹れ方そのものに関わる動きなのか。発表会に参加した、CROWD ROASTER 山本が、業界に起きている一つの動きとして、その背景と意味を読み解いてみたい。

"Cold by Design" ── Kyoto-Style Espressoとは何か

一般的なアイスエスプレッソは、ホットで抽出したエスプレッソを氷で冷やす。その急激な温度変化の過程で、スモーキーな印象や苦味が出やすく、繊細な香りや甘みのバランスが崩れることがある。Kyoto-Style Espressoは、そこを起点に発想を反転させている。熱で淹れて冷やすのではなく、冷たい水で時間をかけて低温抽出する。抽出にかかる時間は、マシンでおよそ1時間半。それを冷やして仕上げる。

つくり方そのものは、意外なほどシンプルだという。ごく細かく挽いたコーヒーを水と混ぜてミクスチャーをつくり、それをマシンに入れ、上から水をシャワー状にかけていく。その水の量、かけ方、タイミングまでをコントロールする。


「コーヒーをどのように入れるか、ベッドの作り方、シャワーのかけ方、パルスのパターン、グラインダー。変数がとにかく多くて、最初はまったく違う結果が出てしまう。なぜそうなるのかを突き止めるのに、すごく時間がかかりました」(サクストン氏/吉川氏の通訳を交えて)

名前の由来は二つある。一つは「京都」。世界では、上から少しずつ水を落としてゆっくり抽出するウォータードリップ(スロードリップ)が"Kyoto-style"と呼ばれることがある。日本の喫茶店で出される水出しコーヒーの文化も含め、そこから着想を得たという。通常は10時間ほどかける抽出を、マシンの力で1時間半程度に縮めている。

もう一つは「エスプレッソ」。これについては、開発陣自身が長く迷ったと明かす。

「本当にこれをエスプレッソと呼んでいいのか、という考えはずっとありました。ただ、ラテをはじめ他のものと合わせてドリンクを作るとき、エスプレッソの濃度感で素材として機能する。その意味ではエスプレッソと言えるんじゃないか、と」(吉川氏)

抽出に使うのは、ブルーボトルコーヒーの定番ブレンド「ヘイズ・バレー・エスプレッソ」。エスプレッソと同じ濃度を持ちながら、マシン由来のシャープさや尖りがない──この性格が、後述するドリンク設計の前提になっている。

5年越しの開発 ── 「誰もやったことがない」を形にする

このコーヒーの起点は、約5年前にさかのぼる。サクストン氏がインスタントコーヒーのR&Dに取り組んでいたとき、非常に濃度の高いコーヒーを抽出する工程に向き合っていた。「工場で高濃度のものが作れるなら、カフェでもできるのではないか」。その気づきが出発点だったという。

源流をたどれば、創業期から提供されてきた「Nola(ノラ)」にも行き着く。ニューオリンズ・スタイルのアイスコーヒーで、チコリを加えて濃度を補ったコールドブリュー。「アイスラテをもっとよくできないか」という問いは、ブルーボトルコーヒーにとって新しいものではなかった。

一度は5年前に手をつけたものの、うまくいかずに保留。2年ほど前、環境や機材が整ったところで本格的に再開した。


使用するマシンは、市販のコールドブリュー用「Marco」だ。冷たいエスプレッソを作る専用機など存在しない。そこで既存の機材を探し、アイスランドを拠点とするメーカーのこの製品にたどり着いた。ただし、その使い方はメーカーの想定外だった。サクストン氏が自分なりの抽出を試そうとしたところ、メーカー側から「そのやり方ではやってはいけない」と止められたという。誰も意図していなかった転用の先に、このレシピは生まれている。

開発を担ったのは、ニューヨーク、オークランド、東京に散らばるわずか3人のチームだった。抽出に時間がかかるぶん、一回の試行が重い。そこで彼らは「太陽を追う」ように作業を回した。ニューヨークが朝に試してログを残し、起きてきたオークランドがその続きを引き取り、次に東京が──という24時間のリレーである。

難所は、ラボで完成させたレシピを実際のカフェで、しかも世界中で再現することだった。ニューヨークのカフェに持ち込むと、ラボと同じ結果が出ない。マシンやグラインダーの違いが原因だった。世界中のカフェにある機材で同じ味を出せるようにする──その調整に、開発のかなりの時間が割かれている。

「見せる」から「整える」へ ── 室本氏の問いから

ここで室本氏が、核心に触れる問いを投げかけた。

ブルーボトルコーヒーは2014年の日本上陸以来、ハンドドリップを通じて「コーヒーを見せるもの」へと昇華させてきた。だが、注ぐだけのように見えるこのドリンクでは、その「見せる体験」が失われてしまうのではないか──。

サクストン氏と吉川氏の答えは、カクテルバーからの着想だった。

「カクテルも、アルコール自体は別の場所で製造され、それ以外の素材についても、多くのクラフトカクテルのバーテンダーは、シロップやガーニッシュなどをあらかじめ仕込んでおいて、注文が入った際に素早くドリンクを仕上げられるよう準備しています。そこからインスピレーションを受けています。バッチで作るのではなく、目の前で組み合わせることで、新しいフレーバーを楽しんでもらう」(吉川氏)

クラフトはなくなったのではなく、抽出という工程がバックヤードへ移った──という意識だ。提供の場面では、シェイクしたりビルドしたりする所作が新しい体験として置き換わる。実際、最初の一杯として供された「コールド シェイクン エスプレッソ」は、エスプレッソと氷だけを短くシェイクしてクレマのようなフォームを立てる。ミルクを加えるラテ系では、エスプレッソの濃度感を保ったままなめらかに混ざる。

この「見せるクラフト」から「整えるクラフト」への移行は、ブルーボトルコーヒーだけの固有の論点ではない。抽出の技術や知識をどこまで前景化し、どこから裏側に収めるか。これは、第三波以降のスペシャルティコーヒーの店が、規模を広げるほど共通して向き合うことになるテーマでもある。Kyoto-Style Espressoは、その問いに対する一つの回答の形を示している、と捉えるのが正確だろう。


オペレーションという、もう一つの動機

体験の言い換えと並んで、見落とせないのが運営面の合理性だ。

Kyoto-Style Espressoは、抽出をあらかじめバックヤードで仕込み、提供時にはビルドやシェイクといった所作だけを行う。これは、淹れるたびに結果が変わりうるバリスタの技量への依存を下げ、どこのカフェでも味を均一化しやすいことを意味する。実際、開発陣も「このお店は美味しいけれど別の店はそうでもない、という状況を作らない」ことの難しさと、それを乗り越えた点を繰り返し語っていた。

「全部カフェの裏で作っているんですね。少量作って提供する。クラフトという部分はなくなっていなくて、ただ、皆さんから見えないところで作られている」(吉川氏)

加えて、通常10時間ほどかかるウォータードリップを約1時間半に短縮できることは、提供のスピードやカフェ運営のスケールという観点からも意味を持つ。

もっとも、こうした側面を過大に読むべきではない。サクストン氏自身が、これは高価な技術でもあると認めている。日本ではまず渋谷・原宿・鎌倉の3つのカフェから先行提供を始め、その後に拡大していく段階的なロールアウトだ。一足飛びに全店へ広がるわけではない。「見せ方の再定義」と「運営の効率化」という二つの動機が同居している──そう冷静に押さえておけば十分だろう。

「京都」という名前 ── 文化を翻訳するということ

Kyoto-Style Espressoは、日本だけのローカルな商品ではない。情報解禁日には、アメリカや韓国を含むグローバルで、ほぼ同時にローンチされる。しかも「Kyoto-Style」という日本由来の名前を冠したまま、である。

ここには、文化をマーケティングへと翻訳する明確な戦略が見える。京都の水出し、日本の喫茶文化という既存の文化的な蓄積を、商品名と開発の物語に結びつけ、付加価値として世界に差し出す。製法そのものは「冷たい水でゆっくり抽出する」というもので、日本の喫茶店では古くから親しまれてきた発想に近い。それを、グローバルブランドが自社の言葉で名付け直し、流通に乗せていく構図だ。

この点は、室本氏との焙煎をめぐるやりとりとも響き合う。会場では、近年のコーヒーシーンにおける浅煎り偏重と、その揺り戻しが話題に上った。

「浅煎りはやはり北欧などの影響を強く受けています。一方で、深煎りが新しく見直されている段階にも来ていて、浅煎りを続けてきたロースターがシングルオリジンの深煎りを出すようにもなってきている。喫茶文化を見返していくと、日本のコーヒーが進む道があるんじゃないかと思っています」(室本氏)

苦味は必ずしも排すべきものではなく、個性として捉える視点もある──開発陣もそう語っていた。Kyoto-Style Espressoが、急冷由来の苦味を抑えてまろやかさを引き出す設計であることは、こうした潮流のなかに置いてみると、より立体的に見えてくる。日本の喫茶文化が、いまあらためて世界のコーヒーから参照されている。その大きな流れの一例として、今回の動きはある。

一つの解答として

「これが単なる夏のドリンク、新しいメニューではなくて、新しいカテゴリー、新しいブリューメソッドになるんじゃないか」。開発陣はそう語っていた。事実、Kyoto-Style Espressoは単発の季節商品ではなく、ブルーボトルコーヒーのアイスエスプレッソドリンクのベースとして据えられていく。カフェとカクテルバーの境界が曖昧になっていく、という展望も口にされた。

ただし、それがどこまで広がり、業界全体にどんな影響を及ぼすのかは、まだ誰にも分からない。日本の喫茶文化が世界で再評価される流れも、一社の功績ではなく、各地の作り手がそれぞれの形で関わってきた長い積み重ねの上にある。

Kyoto-Style Espressoは、「冷たいコーヒーをどう設計するか」という問いに対する、現時点での一つの解答だ。それが一過性のものに終わるのか、コーヒーの淹れ方の新しい章になるのかは、これから業界が淹れていく時間のなかで決まっていく。私たちは、その続きを静かに見ていきたい。



取材・文:CROWD ROASTER 山本翔平
Photo by Alex(@interwebly)

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