「10年間の王道があったから、今の逸脱がある」焙煎士・岩崎裕也、大阪・西中島に自分の店を開くまで。
2026年7月7日。大阪市淀川区西中島に、一軒のコーヒーショップ CAFFEINE OASIS が誕生した。
この店を開いたのは、岩崎裕也さん。
TAKAMURA COFFEE ROASTERSで約10年間ロースターとして経験を積み上げ、COE(Cup of Excellence)のロットを数多く焙煎し、競技会では、JCRC(ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ)の上位常連である──そんな経歴の持ち主が、あえて「ノープランで辞めた」と笑い飛ばす。
CROWD ROASTERの参加焙煎士として豆を届けてきた岩崎裕也さんを、CROWD ROASTER 山本がホストを務めるインスタライブに迎え、新店舗オープン2週間前に本音を聞いた。話は独立の経緯から、焙煎機選びの哲学、業界への問いかけまで、1時間半にわたって止まらなかった。

ノープランで辞めた、10年後の独立
コーヒーのキャリアをスタートさせた当初、岩崎さんは「すぐ独立するつもり」だったと言う。1~2年で会社員をやめ、自分でやる。そのくらいの勢いがあった。
気づけば10年が経っていた。
「本当にふとしたきっかけがあって、あ、今このフェーズに来たんだなって。前々から計画してたわけじゃなくて、本当に突然なんですよ」(岩崎さん)
TAKAMURA COFFEE ROASTERSを辞めた後の約1年は、声をかけてくれる人に「やります」と答え続けた。後ろ盾も肩書もない個人として、それでもコーヒーに関わる仕事が次々と舞い込んできた。その1年を経て、満を持しての開業──かと思いきや、本人の感覚はまったく違う。
「独立と言っていいのかっていうぐらいですよ、本当に。そんな大それたもんちゃうかなって」
10年間、最前線で焙煎を積み重ねてきた人間が、そう言ってのける。それが岩崎さんの今のモードだった。

既製品ゼロ。こだわりが詰まった内装
岩崎さんが新店をオープンさせるのは、大阪市淀川区西中島、地下鉄御堂筋線・西中島南方駅から徒歩3分、阪急南方駅とも交差するアクセスのいい場所だ。新築マンションの1階を選んだ理由は、ピカピカの壁をいちから自分たちの手でつくり替えられるから、でもあった。

内装を依頼したのは、20代のころに働いたヴィンテージ・アンティーク会社の社長。タイやアメリカ、ミャンマーから買い付けたものをコンテナで仕入れ販売するその店で、岩崎さんはコーヒー業界に入る前の1年を過ごした。「俺はもう内装はやらない」と言い続けていたその社長に、頼み込んだ。
「お願いしに行ったら、ええい、やったるって言ってくれて」
什器はすべてオーダー。既製品はゼロだ。天井のファンは、ミャンマーで解体された日本の船から持ち帰られたもの。もともと日本で役目を終えた船がミャンマーで解体され、そこから拾われた部品がまた日本に戻ってきた。「逆輸入みたいな感じですよ」と岩崎さんは言うが、さらりと語られるがかなりの手間がかかっている。
スイッチのパネルまでオリジナル。新築の壁はクロスではなく、塗り込んだうえでエイジング加工が施されている。「10年前からあったような感じにしたい」という思いのもと、真新しい空間が意図的に古びていった。


工事中に銀行の融資担当者が内覧に来たとき、すでに取り付けられていたアンティーク照明を見てこう言ったという。「ところで、この照明って、今から外されるんですか?」もちろん、付けたばかりだ。
「銀行の方に残存物かと思われてしまって(笑)。それだけ馴染んでしまってるっていうか」
こだわりの話を始めると止まらない、と本人も認めている。それはそうだろう。この店の一つひとつには、すべてに理由と物語がある。
数字ばかりの世界が、面白くなくなってきた
焙煎機は、1992年製プロバットの5kg釜。
岩崎さんはこれまで、熱風式など最新の焙煎機を使い続けてきた。ローリングやストロングホールド──国内でもまだあまり見られない機材に最初期から触れてきた。それが今、火力の調整を「目視」でやる機械を選んだ。
「ガスのメーターを見て、プロバットの釜の火を目視で確認して……(笑)。時代を逆行していきます、これから」
タッチパネルではなく、ガスメーターとにらめっこ。ファンは古すぎて電圧が安定せず、手で勢いをつけてから回す。ローリングの完全熱風から、アナログな半熱風へ。本人はそれを「不便さを楽しむフェーズに来た」と表現した。

ただ、これは単なる道楽ではない。
「本当にね、数字しか見てないのかってくらい、数字ばっかりの世界になってるのは面白くないなって、個人的に思ってて」
再現性や競技的な精度を突き詰めてきたキャリアだからこそ、あえて感覚の余地を取り戻そうとしているように聞こえた。プロバットを選んだ理由のひとつが「かっこいいから」というのも、岩崎さんらしい。「使いやすさとかは、ここから仲良くなっていこうって感じです」と笑った。
コーヒーのクオリティだけでは、もう戦えない
インスタライブの途中、少し踏み込んだ話を持ち出した。最近、一般の人から「個性のない、同じような店が増えた」という声を聞くと。
岩崎さんはすぐに頷いた。
「なんかそういうのは耳にしますね。個性がないロースターが増えてるよねって。コーヒーのクオリティを一点に焦点を当てたような世界ではもう勝てない。それは間違いないと思います」
焙煎は10~20分の加工処理だ。原料から考えればごく短い工程で、生産国の農園や精製処理に比べると、ロースターが介入できる幅はそれほど広くない。では、一般のコーヒー好きが、ロースターの差をカップの中に見つけられるかというと、岩崎さんは「正直、わからないと思う」と言う。
だからといってクオリティを諦める話ではない。岩崎さんが言いたいのはその先だ。
「差別化の軸って、パッケージングだったり、オーナーの個性だったり、内装とか、そういう世界線になってくると思うんですよ。自分はずっとそう思ってるんで、だから今回もそこをちゃんと意識した」
スペシャルティコーヒーの業界は、クオリティの底上げに成功した。コンビニのコーヒーも、インスタントも、かつてとは比べ物にならないレベルになった。そういう時代に、何で人を惹きつけるか──その問いへの岩崎さんなりの答えが、「既製品ゼロ」の内装であり、「目視で焚く」プロバットであり、ミャンマーから連れてきた船のファンなのだろう。

価格と品質はシンクロしているか?
視聴者からの質問として、生豆価格の高騰と品質の関係を聞いた。
「シンクロしてないですね」と岩崎さんははっきり言った。
2018年ごろのエチオピア・ウォッシュドと現在のそれを比べると、価格は2倍近くになっているかもしれない。だからといって、味が2倍になったわけではない。価格の変動は世界の情勢──資材費、輸送費、為替──が複合的に絡み合った結果であり、コーヒーのクオリティとは別の軸で動いている。
一方で、品質そのものについては「10年前より確実に上がっている」とも言う。農園の設備も生産技術も進化してきた。COEのカップスコアが年々上昇傾向にあることも、それを裏付けている。
ただ、そこには逆説がある。
「COEは上位になればなるほど、わかりづらくなるんですよ。全部の項目がトップレベルで揃いすぎて、突出したところがなくなってくる。下のランクの方が、フレーバーがピョーンって出てたりして、むしろわかりやすかったりする」
自分がおいしいと思うウォッシュドを探すのが、最近難しくなってきたと感じる、と山本も応じる。これが単なるコーヒーの変化なのか、自分の舌が変わったのか──判断がつかないほど、品質の向上とわかりにくさが同時に進んでいる。コーヒー業界の複雑さが、一言ではくくれない現実として滲んでいた。
目の前を歩く小学生が、ふらっと来られる店にしたい
今後の目標を聞いたとき、岩崎さんが最初に口にしたのは「ボリューム」だった。
「毎月100グラムのCOE銘柄を買ってくれるお客さんより、毎月100キロのデイリーコーヒーを買ってくれる方が嬉しいじゃないですか。それは農園主の方も絶対そうなはずで。生産者が次のクロップに設備投資できるかどうか、そこに繋がってくるんで」
続けてターゲットについて語ったとき、その言葉は意外なほど具体的だった。「コーヒー好きの人に向けてるわけじゃない。コーヒーを好きじゃない人をターゲットにしてるんです」。目の前を歩く小学生が、ふらっと立ち寄れる店。子ども向けのコーヒー体験会をやりたい、という構想も持ち出した。
「子供に自分のやってる姿を見せる準備ができてますか?っていう気持ちなんですよ」
競技会についても聞いた。JCRCには「出たいと思っています」ときっぱり言った。台湾で行われた国際招待型の焙煎競技会TiRC(Tisca International Roasters Cup)に参加したとき、自分の横に「JAPAN」と書かれていた。その感覚が忘れられないという。「あれを本チャンで味わいたい。JCRCで勝つしかないんで」。

走り続けていた時には、見えていなかった景色
話の終盤、岩崎さんは静かにこんなことを言った。
「走り続けてる時はあんまり感じなかったんですよね。一回こう走るのをやめて、自分でやりますってなった時に──本当に周りの人のおかげだったんだなって感じました」
事業計画書を一緒に作ってくれた友人、銀行の融資担当者を紹介してくれた知人、内装を「やったるわ」と引き受けてくれたアンティーク会社の社長、カトラリーを提供してくれた仲間、メニューボードを手がけてくれた人。店のほとんどは、自分ひとりでは到底できなかったことで埋まっている。
「COEをあれだけ焼けたのも、環境にいたから。自分の力では全くないんで」
オープン日の7月7日は、ChatGPTで「7月の縁起のいい日を教えて」と聞いて、出てきた候補のひとつが「覚えやすいな」という理由で選ばれた。「できててもできてなくても7月7日にオープンする。最悪、ドアだけは開けてます(笑)」。
外資系企業のオフィスコーヒーを担当したとき、工事中のオフィスに調整に行くと、1週間後のオープンだというのに現場はドリルバリバリだった。不安になって担当者に伝えると、「できてても、できてなくても、その日がオープンだから」と言われた。その感覚が今の自分に繋がっている、と岩崎さんは笑った。
10年間の王道の積み重ねが、今少しだけ違う形に咲こうとしている。7月7日、大阪・西中島。新しい場所で、岩崎裕也のコーヒーが始まる。

CAFFEINE OASIS
住所:大阪市淀川区西中島1-13-26 サンシャインレジデンス 1B
最寄駅:大阪メトロ御堂筋線「西中島南方」駅 / 阪急京都線「南方」駅 徒歩3分
オープン:2026年7月7日
取材・文:CROWD ROASTER 山本翔平










