「立ち直ろうとしてるだけでしょ」──JBC連続出場、田中義也が語る“負け”との向き合い方
7月23日から4日間にわたって開催されたJBC(ジャパン バリスタ チャンピオンシップ)予選大会。予選を目前に控えたタイミングで田中義也さんを、CROWD ROASTER 山本がホストを務めるインスタライブに迎えた。
田中さんは、SPARK COFFEE ROASTERSのオーナー・焙煎士であり、CROWD ROASTERの参加焙煎士として、サービス立ち上げ初期から参加している。毎年チャレンジしているJBCでは、 2024年大会でセミファイナル進出(7位)を果たし、今年は決勝進出、そして優勝を狙う。仙台から夫婦で、そして幼い子どもを連れて東京に挑む──その挑戦の裏側と、コーヒーへの向き合い方を聞いた。

家族で挑む、JBCという戦い
予選は7月23日から4日間。木・金・土・日という日程で、土日に予選が組まれるのはJBCとしても珍しいという。田中さんは妻のたくみさんと二人で出場。夫婦そろっての挑戦は、田中家にとって毎年恒例のことだ。
幼い子どもを連れて、仙台から東京へ。子どもが成長していけば、この形をいつまで続けられるのかはわからない。でも子どもにとっては、大会そのものよりも「毎回泊まるホテル」が楽しみらしい。
「子どもが大きくなるにつれて、どうしようかなみたいなのは……葛藤もあります」
競技会に出る選手にも、配偶者がいて、子どもがいる。だが、そうした家庭の事情が語られる機会は、思いのほか少ない。山本は、今年のある出場者のインスタグラムのストーリーで、家族の存在がふと垣間見えたことがあった。「奥さんの支えがありました、みたいな話とかもあるだろうし。やっぱり子どもの話ってなかなか見ないですね」。競技者としての発信の裏には、それぞれの立場や葛藤があり、簡単には表に出てこない事情が積み重なっている。
そんな中で、田中家の「なんでもあり」なスタイルは異色だ。
「田中家はいつもセットで家族みんなで行動してる感じが、すごいなんかほっこりするっていう」(山本)
競技という戦いの裏側にある、ささやかな救いのような光景にも見えた。
2024年セミファイナル、そして今年の目標
2024年、田中さんは初めてセミファイナルに進出し、7位という結果を残した。ファイナルに進めるのは上位6人のみ。あと一歩だった。
だが、本人の受け止め方は少し違う。
「全然まだいけるっていう感覚があっての7位だったから」
出し切っての7位ではない。まだ上を狙える手応えを持ったままの7位だったからこそ、今年にかける思いも強い。上位の顔ぶれがなかなか変わらないと言われがちな競技会の構造にも触れつつ、田中さんのスタンスは一貫していた。「誰が出るっていうのは、そんなに気にしてはないですけど。そこは自分との戦いみたいなところがあるんで」。

2024年、セミファイナルに出場した田中さん
CROWD ROASTERとしては田中さんを焙煎士として取り上げることが多いが、焙煎士としてJCRC(ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ)には出ないのかと聞くと、意外な答えが返ってきた。
「他の焙煎大会には出てます。出てはいるけど……なんかもうバリスタの方に足突っ込んじゃったんで」
バリスタとJCRCの同時進行はなかなか厳しい、と田中さんは言う。理由のひとつに挙げたのが、焙煎という競技の特性だった。
「焙煎のすごいオフィシャルな大会だと、やっぱりマシン(焙煎機)によるところが大きいんじゃないですか。マシンがないと何もできないみたいな点があると思うんで」
競技会で使用される焙煎機を個人で所有している焙煎士は多くない。持っている人のところまで焼かせてもらいに行く必要があるという現実的なハードルが、バリスタの競技会とは異なる負担になっているようだった。今の田中さんは、その両立よりも、目の前のJBCに集中する道を選んでいる。

出会いで選んだ焙煎機
田中さんが使う焙煎機は、もともとフジローヤルだった。長く使ってきたいい機械だったが、「もっと何かないか」という思いから、東京産機の特注機に行き着いた。
きっかけは、東京産機出身のエンジニアから、組み立て前の部材が工場にあると聞いたこと。「今、これ作れるかもよ」という一言に背中を押され、発注を決めた。埼玉の工場まで足を運び、まだ見たことのない機械と対面したという。

選んだ理由を聞くと、田中さんはこう答えた。
「選んだ理由はね、良さそうだったからですね」
ロジカルな比較検討というより、直感的な出会い。フィーリングでの選定だ。
「その豆だから上手に焼ける、その釜だから上手に焼けるとかそういう話じゃないって思って」
この話は、前回の対談相手である岩崎裕也さんの古いプロバットという選択とも重なる。岩崎さんも「コーヒーやってたらプロバットに憧れるじゃないですか」と、フィーリングで機材を選んでいた。岩崎さんの焙煎機のガスがマニュアル調整式であることにも話が及び、「数値じゃなくて、火の大きさを自分で変える」という感覚は、田中さんにとっても馴染みのあるものだったようだ。やはり焙煎機選びは、ロースターの個性に大きくかかわる部分だ。
焙煎の“推しポイント”は、甘さとクリーンさ
視聴者からの質問で、「ご自身の焙煎の推しポイントは?」と聞かれた田中さんは、少し考えてこう答えた。
「甘さかな。甘くて綺麗で」
甘さとクリーンさ。これが田中さんの焙煎の核となるキーワードだ。CROWD ROASTERのローストイベントでは、複数の焙煎士が同じ豆を焼いて提供することがある。その中で田中さんの回だけが持つ違いを感じ取りたいなら、この二つの言葉を意識して飲み比べてみるといいかもしれない。
得意な銘柄はエチオピア。苦手な銘柄を聞かれると、「特にない」と頼もしい即答だった。
ちょうどこの日、CROWD ROASTERには新しいニュークロップのエチオピアが入荷したばかりだった。「久々に懐かしいエチオピアに出会えたみたいな」と山本が評するロット。
エチオピアは、コーヒーに詳しくない人でも名前を知っている、いわば王様のようなポジションにある産地だ。 このロットを田中さんが焙煎するローストイベントも楽しみにしたい。

5年越しの信頼
田中さんは、CROWD ROASTERの焙煎士として、初期のころの2021年から参加している。「今まで焼いたCROWD ROASTERの豆で良かったもの」を聞かれると、少し考えてこう挙げた。
「アナエロビックのブラジルは、良かったと思うな」
2024年頃に焼いたという、ブラジル・アナエロビック。田中さんは、ローストイベントを通じて、自分たちのネットワークでは普段出会えない豆に触れられることへの感謝を口にした。
CROWD ROASTER側の豆選びの基準についても話が及んだ。トラディショナルな精製方法を軸にしつつ、過度な発酵は避けるという線引きがある。
「うちは割とトラディショナルな感じのものが多い」(山本)
ローストイベントは、CROWD ROASTER ユーザーが、豆を選んで焙煎士にオーダーをできる仕組みだ。焙煎士が承認したオーダーには、他のユーザーも参加できる。田中さんとCROWD ROASTERの関係は、ローストイベントなどの企画を通じて5年にわたって積み重ねられてきた。
生豆の選択肢を増やしていくことについて、山本はこんな展望も語った。
「生豆として選択できるものとして、僕らの方でもユーザーインターフェースとかは考えなきゃいけないと思うんですけど、正直選べたら選べただけ楽しいわけですよ。オタクたちにとっては、この国のクロップをあの人に焼かせたいみたいなのが出てくるはずなんで」
そんな流れの中、田中さんも自身の名前を冠したイベントの存在に触れ、視聴者にこう呼びかけた。
「僕の名前で立ち上げさせてもらってるイベントもあるので、皆さん聴いてる方もよかったら一緒に乗っかっていただけると嬉しいです」
今後さらにこのローストイベントを盛り上げていきたい、という意欲が伝わってくる場面だった。
負ける悔しさと、「立ち直ろうとしてるだけ」という真理
対談の終盤、視聴者からの質問がひとつの核心を突いた。「負ける悔しさと、そこから立ち直る秘訣を教えてください」。
田中さんはしばらく考え込んでから、言葉を選ぶように話し始めた。
「なんだろうね、これはずっと言語化ができない」
去年負けたままだから、今だって悔しい。「見返してやろう」と思う相手は、結局のところ自分自身なのだという。
「俺もっと強えのになあ、みたいな、もっとできるのにな、みたいな。そういう気持ちですよ。やっぱり」
それは単なる向上心とは少し違う、と田中さんは言う。
「自己満じゃないですか」
そして、こんな話を持ち出した。乙武洋匡氏がスキャンダルの渦中にあったとき、誰も自分を知らないオーストラリアへ逃げ出した。そこでは誰にも知られず、自由に過ごせた。それでも結局、「つまらなかった」から日本に戻ってきたのだという。「借りてきた話ですけど」と前置きしつつ、田中さんはそこに自分と重なるものを感じていた。
「JBCみたいな負荷が毎年同じ時期にあった方が、そりゃ生きてる感じはするんじゃないですかね。楽しいかどうかは置いといて」
結局、立ち直る秘訣については、「立ち直ってるようで、みんな立ち直ろうとしてるだけなんだよ」と言う田中さん。
そして、最後にこう締めくくった。
「立ち直る秘訣なんかないんですよ、僕だって。とにかくその悔しさが大会に関しては原動力になっている」
一人しか勝てない世界に、毎年自ら飛び込んでいく。結果を出す以外に、悔しさから逃れる方法はない──それが田中さんの、飾らない答えだった。
大人になってから、自ら望んでこれほどの悔しさを味わいに行く機会は、そう多くない。普通に生きていても悔しいことはあるが、自ら競技という戦いに飛び込んでいくのは、また違う話だ。それでも田中さんは、この負荷を引き受け続けている。
楽しいかと聞かれれば、楽しい。でもそれだけでは言い表せない何かがある。刺激をたくさん得られる、そういうものだと田中さんは笑った。

対談の最後、思いがけない共通点が判明した。山本と田中さんは、ともに1986年生まれの同い年。二人とも来月、40歳を迎える。
「まあでも40からが楽しいっていうから」
「知らんけど」
軽口を交わしながら、1時間近くに及んだ対談は幕を閉じた。田中さんの「立ち直ろうとしてるだけ」という言葉の続きは、JBC予選の舞台の上で綴られることになる。
取材・文:CROWD ROASTER 山本翔平











